言葉の意味を深く理解しないまま使うと危険

けんすう

こんにちは!

最近、中学生とか高校生と話すと、結構な割合で「僕が無能なんで」とか「親が無能で」みたいな感じで「無能」という言葉を使う人が多いなと思っています。

YouTuberのひろゆきさんの影響じゃないかなと勝手に思っているんですが、、この言葉が問題というより「使い勝手のいい言葉を多用することで、理解がそこで止まってしまう」というのはあるんじゃないかと最近思っています。

普通に僕もよくしちゃうんですが、こういう使い勝手いい言葉って、物事をわかった気になっちゃうんですよね。たとえば「自分は無能だ」というのを言うと、なんとなく自分を正しく評価できている気になってしまうというか。

しかし無能といっても

  • 何ができて、何ができないのか

  • できることは、どのくらいのレベルできるのか

  • できないことは、スキルの問題なのか、経験値の問題なのか、知識の問題なのか

  • できないことをできるようにすることは可能か

  • できないことをできるようにしたいという気持ちはあるのか

など、内容を突き詰めていくと、いろいろな分解ができます。そうすると、「これはできないけど、こうするとできるようになりそうだな」とか「これはできるようになれるかもしれないけど、できないままでいいな」とかに気付けるわけですが・・・。

「自分は無能だ」としてしまうと「無能だから働くのは無理だな、じゃあ生活保護をもらおう」みたいな結論とかに達したりします。

それが悪いというより、「実際はこういう得意なことがあって、底を突き詰めると、こういう仕事ができて、報酬もたくさんもらえる、そしてそっちのほうが幸せだった」みたいなことを見逃してしまうのはもったいないなあ、と思いました。

人を判断できるほど有能か?

無能だ、みたいな単語を聞いて思うのは「自分のことを無能だと思うほど、多くの人間を観てきて、適切に評価できるレベルなのか?」です。

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